インドで権力に立ち向かう

ヴァンダナ・K がインド政府を訴えた少女、リディマ・パンディに出会います。

翻訳:浅野 綾子

インドには世界中の 10 億人の子供たちの半数以上が住んでいます。この国は、深刻な干ばつと洪水という形ですでに気候危機を経験しています。リディマ・パンディは自分の世代を代表して気候正義を主張する、北インドの小さな町に住む 12 才の少女。出会った時、リディマはシャイな様子でかろうじて声が聞き取れるくらいでした。でも、静かな話しぶりの下に頭の良い率直な物言いの少女が隠れているのです。

 リディマが住むハリドワールの町は、インドの首都ニュー・デリーから 209 キロメートル離れています。インド随一の聖なる川でありながら、世界でもっとも汚染された川の 1 つでもあるガンジス川の川岸に位置しています。人気のある巡礼地で古代都市だったこの町は、古ぼけた建物ときらびやかな新しい建物が隣り合わせて立ち並び、無計画に拡大しつづけています。リディマが住んでいるのは 10 年間建築作業がつづけられている立体交差路のすぐ隣。リディマ一家が住む 2 階建ての家のむこうには、巨大な高層の大型ビルがそびえ立っています。

 森林・野生動物保護の現場責任者として働くビニータ・パンディとディネシュ・パンディの間に生まれ、リディマと弟は早くから自然のある場所に連れて行かれました。パンディ一家にとって家族のレジャーとは、森の中の散策や、動物保護センターに行くことでした。リディマがはじめて気候変動という言葉を聞いたのは 2013 年の夏。他の多くの 5 才の子供と同じように、リディマも母親にテレビのマンガを見せてほしいとねだりました。でも、その代わりにリディマが見ることになったのは、リディマが住むウッタランチャル州に甚大な被害を与えた、衝撃的な洪水の映像でした。「母は 1 枚の紙を取り出して、地球とは何か、どうやって地球の温暖化が進んでいるかを私に説明したのです。説明はよくわかりませんでしたが、もっと知りたいと思いました」とリディマは言います。

 8 才になり、リディマは一家の友人である弁護士と、気候危機についてよく話すようになりました。ある日その友人はリディマにこう言いました。インドの憲法は子供に対し、清浄な空気と水と環境に住む権利を保障しているが、政府はこうした権利を保護してこなかったと。リディマは大人になったら警官になりたいと思っていましたが、そう聞かされて衝撃を受けつつ、自分の夢が実現することはないかもしれないと理解しました。というのも、大人になった時には気候災害に直面して生き抜くのに必死になっているかもしれないからです。このことがリディマを行動へと駆り立てました。とはいえリディマはこうも認めます。「今日まで、これから何が起こるのか、ずっと怖いと思ってきました」。

 2017 年、気候危機を防ぐ適切な措置をとらなかったとの理由で、リディマは国家環境裁判所 (National Green Tribunal:NGT) へインド政府に対する申し立てを行いました。環境問題を調査するために設立された組織の国家環境裁判所は、2019 年のはじめ、気候変動の問題は環境アセスメントによってすでに対処されていると述べた命令を出して、リディマの申し立てを却下しました。この判決を大変残念に思いながらも、リディマは法的手段を諦めませんでした。数か月後、リディマは最高裁判所に訴えを起こし、現在審理が行われるのをまだ待っているところです。

 2019 年 9 月、リディマと他 15 人の世界中から集まった若者が、国連の子どもの権利委員会に対し、気候危機について人権侵害の申し立てを行いました。申し立てには、アルゼンチン、ブラジル、フランス、ドイツ、トルコの 5 つの国が不作為による破滅的な結果を認識しているにもかかわらず、[二酸化炭素] 排出量を減少させることを怠った経緯について述べられていました。その月、リディマはニューヨークで行われたグローバル気候マーチにおもむき、自身にとってはじめての抗議行動に参加しました。

 次の日に報道で抗議行動の航空写真を見た時、自分の後ろに膨大な数の抗議者が行進していたとわかって、リディマは信じられない思いでした。国連気候行動サミットのことが大きく報道された後、リディマはインド国内外のイベントに招待されました。この招待を受ければ、2020 年 1 月の授業をすべて休まなければなりませんでした。成績は良かったリディマですが、この損失は大きかったと感じています。今、最後のテストにむけて日夜勉強に励んでいます。テストはもう間もなくです。リディマはインドの 3 つの町で気候ストライキに参加したことがありますが、自分で主催したことはありません。「ハリドワールで 1 つやろうとしているところです。この計画を誰が手伝ってくれるかはわかりませんが、テストが終わったら計画するつもりです」とリディマは言います。

 インドはグローバル気候リスク指数で 5 番目にランク付けされており、気候非常事態にもっとも脆弱な国の 1 つとなっています。「後進国であり、インドは一層多くの困難に直面するでしょう」とリディマは言います。「インドの人たちは気候危機についてはっきりと認識してはいないのです…。環境はインドの人たちの優先事項ではなく、ですから政府もそのことに重きを置いていません」。インドの子供たち、とくに貧困状態にある子供たちはもっともリスクに晒されます。「子供たちの免疫システムはまだ十分に発達していないため、気候変動に対して 1 番弱いのです。ですから大気汚染や新しい病気の影響をもっとも受けるのは子供たちです」とリディマは言います。

 昨年、干ばつの被害を受けた西部インドの村で、家族に水を運ぶため電車で移動する子供たちのことが報道されました。水を運ぶために学校を中途退学さえする子供たちもいます。リディマは、恵まれた子供たちは自分の恵まれた状況をつかってこの危機が現実であることを証明し、貧困にある子供たちのことも含めた正義の戦いをしなければならないと感じています。「子供たちは自分の居場所でチームをつくり、友だちや親戚に気づかせることができます」と言います。リディマが計画していることは、自分の町の学校や大学に行って若者たちに気候行動を起こすように促すチルドレンズ・チーム (Children’s Team) をつくること。参加したイベントを通して出会った子供たちから、よく SNS でメッセージが送られてきます。近隣でどのようにしてストライキを計画したのかや、自分の学校で気候危機についての話をどのようにしたのかについて教えてくれます。「子供たちが実際に行動を起こす時、本当によかったと思います」とリディマは言います。

 リディマは自分が普通の子供時代を送っていると思っていますが、積極的に行動する主義をとることで、気候についてしつこく話しかけてきてからかう子供たちから、SNS で煽る大人まで出てきて、ちょっとしたいらだちも生まれています。リディマは「インドのグレタ・トゥーンベリ」的人物といわれています。でも、リディマはグレタと同じく大きな目的のために行動しているものの、気候問題がすでに自分の生活に影響しており、グレタの住む世界とはかけ離れた世界に住んでいます。リディマは否定的な人たちに気をとられず、自分の使命に集中することを学んでいますが、インドのグレタと呼ばれることについて複雑な気持ちを感じてきました。「私には自分自身のアイデンティティがあります。でも、メディアに『グレタ』と呼ばないでとはとても言えません。というのも、ほとんどの人はリディマ・パンディが誰かを知りませんが、グレタ・トゥーンベリが誰かなら知っているからです。ですから、ええ、私がしていることと、グレタさんがしていることを人が比較するのはいいことです。でもいつか自分のことをリディマ・パンディとして知ってもらうつもりです」とリディマは言います。

ヴァンダナ・K (Vandana K) はインドのニューデリーを拠点に活動するフリーランスジャーナリスト・プロデューサー。

Climate Solutions - Challenging Power in India • Vandana K

Meet Ridhima Pandey - the girl who took the Indian government to court

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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