排出削減の試練

キャサリン・アーリーが本誌特集コーナーにむけて「ネットゼロ」の賛否を考察

翻訳:浅野 綾子

 10月31日、グラスゴーで第26回気候変動枠組条約締約国会議の幕が開けば「ネットゼロ」の言葉が注目の的になるでしょう。この会議の間、各国には、2050年までに二酸化炭素排出量のネットゼロを達成するための明確な計画をそなえた、排出削減目標を詳しく説明する任務が課されます。エネルギーと輸送の脱炭素化、サステナブルファイナンス、生態系の保護と再生。排出量ネットゼロの目標が達成されるには、これらすべてが主役級の役割を果たさなければなりません。さて、この会議は真の変化の動機づけとなるのか、それともいつものようにビジネスの代弁者に終わるのか。リサージェンス&エコロジストの当コーナーでは「ネットゼロ」とは何を意味するのか「ネットゼロ」は生活に適した未来への道を拓けるのかを検討します。

 「ネットゼロ」は、気候危機解決に向けて取り組んでいることを明確に示したい世界中の政治家や企業が用いるキャッチフレーズになっています。その勢いは急速に弾みがついて、イギリスでは2019年6月にこの目標を定めた法案に署名がされ、法律が成立しました。その後5つの国がイギリスにならって法律を成立させ、さらに別の5カ国で法律案が提起、その他多数の国で立法や政策が議論されています。一方で、国連が支援する「Race to Zero(ゼロへのレース)」のキャンペーンが始まって1年のうちに、4500以上の企業、都市、地域、金融・教育・医療機関がこのキャンペーンに署名・参加しました。排出量を2030年までに半減させ、2050年までにネットゼロを到達すべく、これらすべての参加者が取り組んでいます。

 もっとも、政府や企業が署名するのと同じくらいの早さで、高名な気候科学者や、10代の活動家グレタ・トゥーンベリを含めたネットゼロに反対する人々が、このコンセプトを「危険な罠」と激しく非難する声を上げています。

「ネットゼロ」とは?

 ネットゼロは2015年の地球温暖化パリ協定にうたわれています。この協定において各国は、気温上昇が産業革命前のレベルから2℃を上回らないよう充分低く抑え、1.5℃に抑えられるよう最善を尽くし、2050年までにネットゼロを達成するという長期目標に合意しました。

 この合意の前提には、どのようなことがあっても世界中で化石燃料の燃焼を減少させて低いレベルにすること、それと同時に、すでに環境中に放出された温室効果ガスを除去するために二酸化炭素回収・貯留や植樹の技術をもちいることがあります。ネットゼロは、残った温室効果ガスの排出量が、温室効果ガスを環境中から除去するテクノロジーや自然を利用した方法によって、実質ゼロにされる段階のことです。ネットゼロでは、セメント製造のような避けられない排出も考慮しています。セメント製造などでは、化学反応の副産物として大量の温室効果ガスが発生します。

 このコンセプトの提唱者には、前国連気候変動枠組条約の事務局長であるクリスティアナ・フィゲレス(Christiana Figueres)もいます。フィゲレスは「ネットゼロ」について「我々にはこれしかない」と言います。フィゲレスとトム・リベット・カルナック(Tom Rivett-Carnac)の共著『The Future We Choose(仮題:私たちが選ぶ未来)』では、ネットゼロが達成されたユートピアのような世界が描かれています。(リサージェンス320号『The Stubborn Optimist(不屈の楽観主義)』をご参照)。大気汚染はなく、空気は「みずみずしく、さわやか」。土はふたたび肥沃になり、海には生きものが戻ります。人々は屋根で花や野菜を育て、家々は二酸化炭素を吸収する緑の壁などの特長をそなえます。建物ではおしなべて自家発電がおこなわれ、使用された水もリサイクル。都会では食べものが栽培され、消費は最小限、駐車スペースは緑地に変わっています。

「向こう見ずな」アプローチ

 一方、政府の元主任科学アドバイザーであるロバート・ワトソン(Robert Watson)を含めた著名な気候科学者らは『The Conversation』の今年の記事に以下のように書いています。ネットゼロの考えは「向こう見ずな紳士の『今焼いてしまえ。つけは後回しだ』というアプローチにお墨付きを与えるようなもの。このアプローチで二酸化炭素排出量の急上昇は継続している」。

 二酸化炭素の回収・貯留、それを可能にするバイオエネルギー、大気中のCO2の直接回収など、テクノロジーをもちいた解決策は効果があるという証拠に欠けること、過剰な土地の取得や費用がかかることなどの様々な理由から、絵空事にすぎないことが引き続き証明されていると、科学者らは主張しています。

 科学者らは、二酸化炭素除去に誤りや危険は大筋としてないことは認めており、特定の産業からの排出量をゼロにするために一定の除去が必要であることはやむを得ないとします。

 一方、炭素除去(技術的方法か自然な方法かを問わず)が大規模なスケールで展開できると信じることは問題をもたらすといいます。「これは実質的に化石燃料の燃焼と、生息地破壊の加速を引き続き行うことの自由裁量権として機能する」と科学者らは記しています。

 「現在のネットゼロ政策では、地球温暖化を1.5℃に抑え続けることはできない。というのもこの政策はそれを端から意図していないからだ。この政策は依然として従来と同様、ビジネスを保護する必要のために行われており、気候のために行われてはいない」と結論づけられています。

 トゥーンベリも、すべての排出が除去できるわけではないことを認める一方で、Twitterに以下の投稿をしています。「温暖化を抑えるのとはかけ離れたネットゼロの目標は、温暖化を抑えることが目的ではありません。これはコミュニケーション戦略です。変わらなければならないことは度外視して、自分たちが行動しているように見せるためのものなのです」

 ネットゼロをはじめて法制化したイギリスで、依然として新しい道路が建設され、炭鉱さえも開発されていることからすれば、この主張の正しさを証明することは簡単です。

欠陥をとりのぞく

 とはいえネットゼロの目標は、すべての人、すべての経済セクターが自分の役割を果たす必要があることを一言一句明確に書いています。イギリスの以前の2050年までに排出量を80パーセント削減するという目標では、経済界の多くの分野で残りの20パーセントについて批判の矢面に立たされるかもしれないとの考えが持たれながらも、何らの行動も提起されず、その状態が放置されていました。ネットゼロが法制度として法令集に記載されてから、企業は以前とは異なり、目に見える形で取り組むようになっています。

 世界中でネットゼロは企業の確かな方向性をつくりだしています。多くの自動車メーカーが全モデルの電動化宣言にいたる後押しをし、化石燃料エネルギーへの投資よりも価値のある、再生可能エネルギーへの投資を推し進め、石炭企業を破産へと追いやっています。

 ネットゼロの支援者は、除去されずに残った排出量のオフセットは、取り得るすべての緩和策が行われた後での最後の策であると理解しています。また、ネットゼロの方策には欠陥となり得るものが存在することも十分理解しています。「Race to Zero(ゼロへのレース)」に参加を希望する企業は、参加する前に一連の最低限の基準を満たす必要があります。この基準は今年初め、オックスフォード大学主導のプロセスで強化されました。即時行動と妥協のない中間目標の必要性や、二酸化炭素吸収源は除去されずに残った残余排出量のみに使用する条件を明確にするためです。

 世界資源研究所、世界自然保護基金(WWF)、CDP[英国の慈善団体が管理する非政府組織(NGO)]、国連グローバル・コンパクト(UNGC)が運営するSBTイニシアチブは、気候問題に取り組む資質を証明したいと希望する企業に対し、最善の措置を提示する機能を果たしています。SBTイニシアチブには、独立して企業の排出削減戦略を査定・承認する、専門家のチームがあります。査定・承認する排出削減戦略は、最新科学に即していてパリ協定の目標を十分満たすものです。

 それはそうとして、ネットゼロを環境問題への関心をアピールするわざとらしい手段に終わらせずに、確実に排出削減の真の成功物語にするためには、運動家は何をすべきでしょうか。ネットゼロ目標をトゥーンベリが言う「抜け穴にしやすい」制度にしないためには、どのようにすればよいのでしょうか。

 ネットゼロ目標を宣言する企業は、目標対象にすべての排出を含め、社会的正義に基づくこと、それと同時に、排出を源から即時削減することを確実にしなければならないと、トゥーンベリが言い、ニュースサイト『Business Green』の編集者のジェームズ・マレー(James Murray)は、ブログ記事の中で、ネットゼロ目標の背後にある戦略に法的拘束力があるように、温度上昇を1.5℃内に抑えるネットゼロ目標も法的拘束力を持つ必要があると提案しています。別の言葉で言えば、こう言っているのです。ネットゼロは、最善ではないにしても、善の敵になってはならないと。

キャサリン・アーリー(Catherine Early)は『Ecologist』のチーフレポーター。

有言実行する

 安全な自転車レーン、状態の良い舗装道路、横断歩道、使い勝手よく改善された自転車レンタルサービス。これらは、世界中の大都市が排出削減目的で一緒に取り組んでいる様々な方法です。C40都市気候リーダーシップグループ(C40 Cities)として知られる団体は、気候崩壊への取り組みに貢献する成長中のネットワークです。このネットワークは自動車利用のより良い代替策を支援しようと「ウォーキング&サイクリングネットワーク(Walking & Cycling Network)」を通して、最良事例や対策について互いにアドバイスしあっています。レポート『Focused Acceleration』によれば、歩いたり自転車を利用したりすれば、都市が2030年までの排出削減目標を5~15パーセント達成するのに役立つ可能性があるといいます。輸送はもっとも増加スピードが速い温室効果ガスの排出源で、関係都市の二酸化炭素排出量の3分の1、時に45パーセントを占めます。

www.c40.org/networks/walking-and-cycling

走り出す

 ダーティエネルギー[dirty energy:気候変動を促進させ、後発国のコミュニティに害をもたらすエネルギー]からクリーンエネルギーへの運動をあらわすイメージキャラクター的な存在に、オーストラリア南部の州があります。その州では2020年に発電された電力の60パーセントが再生可能エネルギーでした。2020年のある1時間、この州のエネルギーの100パーセントが太陽光発電で発電されたエネルギーになりました。2006年時、すべてのエネルギーが化石燃料で発電されていた地域にとっては、大きな変化です。エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)作成の報告書には、この成功は、オーストラリア連邦政府が設定した2001年の目標とインセンティブに支えられた、州政府の方針によるものと記載されています。また、世界最大(試運転時における)の畜電池システムの所在地でもあります。畜電池システムは2017年に導入されました。最後まで残っていた石炭発電所は2016年に閉鎖されました。この州では、発電の正味100パーセントを再生可能エネルギーにするという目標を、計画を5年前倒しにした2025年までに達成すると見込まれています。さらに、近隣の州にエネルギーを輸出することをねらいとして、2050年までに再生可能エネルギーの発電を500パーセントにするとことを目指しています。

tinyurl.com/SA-renewables-2020

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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