深き憂い

オリバー・ティッケルが海の惨状と奥深さを知る海洋生物学者に会います。

翻訳:斉藤 孝子

海洋研究者・活動家であるアレックス・ロジャーズ氏が、初めて驚きの海洋プラスチック汚染を目にしたのは2015年のことでした。「私はその年、ホンジュラス、ベイ諸島のウティラ島でダイビングをしていました。そこは全て美しいサンゴ礁だったのですが、島の周りに来た時、どこまでも延々と続くゴミの漂着物が眼前に現れました。それはプラボトル、発泡ポリスチレン、ガラス繊維、人類が出す想像しうるあらゆる種類のゴミでした・・・あんな凄まじい量のゴミは見たこともありませんでした。恐ろしいものでした。」

 ロジャーズ氏が海洋プラスチックを目にしたのはそれが初めてだったわけではありません。初めて見たのは、その3年前、彼とそのチームがマダガスカルと南極の間のインド洋で海山を探索していたときでした。「私たちは世界最果ての地で、深海のサンゴと水深1,500mまでの堆積物のサンプルを採取していましたが、その時これらプラスチック繊維もみな見つけていました。最初は一瞬、『素晴らしい。 次の論文になる!』と思いましたが、次の瞬間には『とんでもないことだ。こんなものがここにあるということは、どこにでもあるに違いない』と考えていました。」

 海洋プラスチックは実に恐ろしく、確かに地球規模の問題なのですが、人間が海や海洋生物の健康に与えている唯一の脅威ではなく、最も深刻な問題ですらありません。「海洋のまず一番の問題は気候変動です。なぜならその脅威の大きさと範囲が途方もなく、海洋化学、海洋循環、海洋生態系、極地の海氷、そして氷原へと、次々に地球全体に連鎖反応を起こしていくからです。そしてこれらの変化は、人間の時間スケールに対して完全に不可逆的なものです。」と氏は語ります。

 次に来るのが、過剰漁獲と破壊的漁業です。生態系全体が産業漁船によって吸い上げられ、海底は底引き網で荒らされます。一例を挙げます。「1960年代、ロシアや日本の船団が、太平洋の天皇海山群[北太平洋の 西側にある海底山脈]に巨大な魚群を発見し、そこに何があるか知ることすらなく、それらを牽引し始めました。漁業資源は崩壊しました。まもなくニュージーランド、オーストラリア、EU漁船団が深海の底引き漁を始めました。漁業資源が次々と壊され、生息環境に大きな被害を与えました。

 彼らは船底の底引き網で海底をえぐり取りながら漁獲し、オレンジラフィー[ヒウチダイ科]のような漁獲対象種に甚大な被害を与えました。オレンジラフィーは、成長がとても遅く、30〜40才まで成魚にならず、年間に自然死する割合が極めて低くて150才まで生きる魚です。そこに何があるのか、つまり魚数動態に関する科学的調査が一切ないまま、漁業界全体があっという間に勢いづきました。ようやく調査が追いついた頃には、時すでに遅しでした。現在、漁獲量ははるかに持続可能にはなっているものの、ほとんど全ての魚が底引き網で漁獲されており、それこそが破壊的な産業漁業の最たるものです。」

 3つ目が汚染です。全ての有毒化学物質を含む使い捨てプラスチック、重金属などです。「プラスチックが重大な危険であることは確かですが、どれほど危険かはまだ分かっていません。私たちは主に3つの影響を見ています。つまり、漁網等による生物たちの巻き込み。餌と間違えられての誤摂取。極端な場合、鯨類の消化管を完全に詰まらせます。そして毒性です。」

 「プラスチックは海水からポリ塩化ビフェニール (PCB) などの残留性有機汚染物質を引き寄せ凝縮させますが、プラスチックそれ自体によくフタレートや難燃剤及びポリ臭化ジフェニルエーテル(PCB類の代替として登場したPBDE類)などの有毒添加物が含まれていて、現在それらが鯨の組織内で発見されています。多くの生物たちが、マイクロプラスチックを餌と間違え食ベています。ですので、私たちがそれら有機汚染物質を取り除いたと思った後もずっと食物連鎖に戻って来る循環が続くだろうと懸念されています。」

 ロジャーズ氏は最近、スーパーで買ったシャワージェルに、環境に有害な化学物質が入っていることを見つけ、愕然としました。 それは紫外線遮断剤として最もよく知られているオキシベンゼンで、最近、サンゴ礁に与える害が理由で2021年からハワイでの販売が禁止になったものです。

 「最初、その化学物質を見て本当に驚きました。しかしその後、そのオキシベンゾンが何にでも入っていることに気づきました。日焼け止めやシャワージェルだけでなく、シャンプー、ヘアコンディショナー、メーキャップ、マスカラ、さらにはいくつかの食品にさえです。濃度は低いかもしれませんが、排水管を通って環境や飲料水に入って来ます。しかも人々は複数の製品を使用します。肌を通して体内に入り、さまざまな汚染物質の影響が組み合わさる可能性があるのです。皆、自分が買うものは無害だと思っています。販売されるからには安全でなければなりません。しかし、そうではないのです。私たちは皆、これらの化学物質を認識し、それらを避けることが必要です。」

 海の暗い話ばかり続きましたが、朗報、少なくとも希望をもてる理由があります。温暖化による暖かい海で、サンゴ礁やそれが支える海洋生物たちが生き残れるかと恐れるよりも希望をもてそうです。氏のものも幾つか含まれる新しい研究ですが、サンゴの生態系が以前考えられていたよりもずっと深く、表層水が熱くなっても生物多様性の安全水域として機能する冷たい水域にまで広がっていることがわかりました。これらの発見により、水深40~150mまでの新しい中光ゾーンが、以前考えられていたよりずっと重要となり、海洋学者は深海域の区分を再検討し始めています。。。(記事全文は定期購読をご利用ください

。。。「増加する世界人口に持続的に食糧を供給し、生物多様性を保全しながら、存亡にかかわる真に大きな気候変動問題に共に対処するために必要なこととは真逆に、ナショナリズム、軍国主義、単独行動主義が広がりつつあります。これら全ての国際的緊張の高まりが、直面している真の問題、つまり地球を100億人が住める状態にどうやって保つかという問題から私たちの関心を大きく逸らせています。」

オリバー・ティッケル (Oliver Tickell) はリサージェンス&エコロジストへの定期寄稿者、「国際法と海洋プラスチック汚染: 法を犯す者に責任を課すこと(仮題:International Law and Marine Plastic Pollution: Holding Offenders Accountable)」報告書の執筆者。

購読はこちらからどうぞ

Deep Trouble • Oliver Tickell

A marine biologist with tales of woe and wonder from the sea

310: SepOct2018

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

0コメント

  • 1000 / 1000