うちに帰る

フォン・クアックは今年早くに亡くなったティク・ナット・ハン禅師への賛辞を書いている。

翻訳:馬場 汐梨、校正:沓名 輝政

1999年の夏、若い女性だった私は、ヨーロッパで最も大きな僧院となっていたプラムヴィレッジに行くため南フランスへ向かいました。それはティク・ナット・ハン禅師によって建てられたものでした。彼は師弟に「タイ(Thay)」(ベトナム語で「先生」を意味する単語)として知られていました。その旅での私の願望は、ベトナム戦争で負った私と父の精神的な傷を癒すための自分探しでした。

 タイの優しい声を見て聞いて、私は初めてベトナム人であることを誇りに感じました。何故なら、禅堂の前に座っていたのは謙虚なベトナム人僧で、さまざまな人種や文化的背景を持った何百もの家族や人々に囲まれていたからです。まるでルーベ=ベルナックの野原で同じ方向を向いているひまわりのようでした。しかし何よりも、彼の慈悲や愛を、私の深いところに眠る難民の少女に届く太陽の光のように感じました。私の苦しみを引き受けることで、父の苦しみを助けられるという彼の言葉は私の耳でこだましました。先祖からの、今この瞬間の父からの楽しみの種に触れるための一呼吸、一歩のたびに自分に帰ることで、自分の中の子どもと再び繋がり、見つめ、「うちに」帰ったとわかりました。

 私にとって人生とは川の上の筏のようなもので「5つのマインドフルネス・トレーニング」(平和で慈悲深い人生を送り、サンガ[仏教僧の集まり]に支えられ、共に修行するためのガイド)に書かれているタイの美しい、洞察的、それでいてシンプルな言葉はオール(櫂)で、水の急流、蛇行、渦の中を避けて通り抜ける手助けをしてくれます。彼の詩や歌は、その穏やかな流れの中で止まって漂い、過ぎる青空を見上げたり、流れに耳を澄ませたり、海のそよ風の香りを嗅いだり、そして自然の美しさを十分に抱き締めることを常に思い出させてくれます。

 タイは「もしあなたが詩人なら、この紙の上に漂う雲がはっきり見えるでしょう。雲がなければ雨は降りません。雨がなければ木は育ちません。木がなければ私たちは紙を作ることはできません。雲は紙が存在するために必要不可欠なものです、、、だから、雲と紙はお互いの中で生きているものなのです」と言っていました。

 彼が「相互存在」という言葉で意味したものの普遍的な真実、つまり全ての生命や自然との持ちつ持たれつの関係を実感することや触れることで、私の心の余裕は広がり、自分自身への慈悲を超えて他人や地球を癒すための寛容さを持つまでになりました。

 母なる地球へのタイの愛は彼の教えや書物の深くに鳴り響いています。私の家族は食事の前にこの「五つのつの祈り(五観の偈)」を暗唱しています。

 この食べものは、宇宙全体、地球、空、数えきれないほどの生きものたち、多くの努力と愛ある働きによってもたらされた恵みです。

 この食べものを受けるにふさわしいよう、マインドフルに感謝して食べ、生きることができますように。

貪りなどの不健全な心の働きに気づき、変容させていくことができますように。

 いのちあるものの苦しみをやわらげ、気候の変動に力を貸すことを止め、地球を癒し、そして守るような食べ方を実践し、慈悲の心を生かすことができますように。

 健全なコミュニティをつくり、友情を深め、いのちあるものの役に立てるように、この食べものをいただきます。

 タイが亡くなったことは、私にとって個人的な変わり目を意味しました。彼の太陽の光は私の蝋燭を灯す炎となり、それによって彼と私は私の道を照らし続けることができ、私の周りの人、その外側の人々へも届くものでした。

 この人生で私が通ってきた跡を振り返ると、遥か遠くから不安定な独りの足跡が段々しっかりとしてきて、他の人たちの足跡に合流しました。私のサンガと並んで、タイと歩み、母なる地球に触れ、私たちの貴重な世界に慈悲と愛を持って応答しながら1歩1歩を歩んでいきます。

フォン・クアック(Phuong Quach)は、ロンドンに家族と住む作業療法士。家族共にFamily Sanghaで修行している。

英国のサンガは最近、ビーイング・ピース(Being Peace)というプラムヴィレッジの実践センターをイギリスに設立しようとしている。詳細は、http://www.plumvillage.uk/beingpeace をご参照。 

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リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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