極夜のサイエンス
リン・ホートンがスヴァールバル諸島の冬を二人だけで耐え た女性たちに話を聞きます。
翻訳:浅野 綾子
スヴァールバルは、ノルウェーと北極の中間に位置する北極圏の群島。冬の間、この地 方はたたきつけるような激しい嵐と強烈な風に見舞われ、凍りつくような極夜の暗闇 に投げこまれます。海氷の上をうろつく北極の王、北極グマ。北極グマは冬眠すること はなく、アザラシを漁り歩きます。オーロラは息をのむほど美しい蛍光色の光を露わにし、その光は空を縦横に駆け 抜けていきます。
少し前、ふたりの女性が誰の助けも得ることなく、この地方の過酷な状況に 1 年間耐えました。ふたりの使命は気 象と野生動物の観察とデータを集めること。世界中のできるだけ多くの人たちに気候危機について関心をもってもら うというプロジェクトの一環です。そのプロジェクトの名は「Hearts in the Ice(仮訳:氷の心)」 ヒルド・フォールン・ストローム (Hilde Fålun Strøm) は、この寒さ厳しい北の地域に 20 年以上住んでいます。熱 い心をもつ写真家であり、狩人であり、冒険家であるヒルドは、自分の愛するスヴァールバルが気候危機下にあるこ とを身をもって知っています。事実、スヴァールバルは地球上で最も温暖化が早く進んでいる場所。ノルウェー極地 研究所のキム・ホルメン (Kim Holmén)はこう言います。「ひとつの理由としてスヴァールバルがメキシコ湾流の末 端であるため、この群島の西岸のフィヨルドはもはや冬に凍結しません。温暖化の結果としてこの地では以前よりも 嵐や雪崩が多く起こり、動物相の絶滅のおそれが目前に迫ってきています」 ストロームのもとに、カナダ人のサニーバ・ソービー (Sunniva Sorby) が加わりました。初の全員女性の北極ス キー探検隊のメンバーで、ソービー自身が極地圏の専門家です。このふたりの女性は、かつてノルウェー人のわな猟 師であるヴォニー・ヴォルドストッド(Wanny Woldstad)と ヘルフリッド・ノョイス(Helfrid Nøis)が女性として初 めてしたであろうこととほぼ同じように、この諸島内の遠く隔てられた島のひとつで 9 カ月間を過ごす予定でした。 しかし、この歴史上の人物とは異なることがありました。ストロームとソービーは男性のつきそいなく過ごした初の 女性たちだったのです。
スバールバル大学の学長であるボルゲ・ダムスゴー (Børge Damsgard) はこう言います。「Hearts in the Ice」には 「プロジェクト以上の、ふたりの勇気ある女性が北極の冬を自分たちだけでやり過ごす以上の意味がある。ふたり は、毛皮を探し回るのではなく、知識と知恵を探し求めた遠い昔の開拓者であるスカンジナビア人の足どりをたどっ ているのだ」 この地で行われる実験は地球上で最も過酷な環境で行われる実験のひとつであり、これまでにほとんど実施された ことがないものです。
ふたりは、ヴァン・クーレンフィヨルデン (Van Kuelenfjorden[あるフィヨルドの名前])上のインゲブリクトセ ンブクタ(Ingebrigtsenbukta)と名付けられた湾にある、わな猟師の小屋「Bamsebu(「クマの小屋」)」を拠点にし Resurgence & Ecologist: Issue 323 日本語版 034 www.ResurgenceJapan.com
Photograph courtesy of Hearts in the Ice
ました。地球上最北端の村ロングイェールビーン (Longyearbyen) から 140 キロメートル離れた場所にあり、「Bam- sebu」には電気も水道もなく、ストーブをのぞいては暖をとれるものもありません。 そこには考えなければならない重大な安全上の問題がありました。スヴァールバルでは北極グマの数は 3,000 頭近 くにもなり、1973 年に署名された多国間条約が理由で狩猟できません。恐れを知らず、予想できない動きをする北極 グマ。北極諸島やグリーンランドやロシアにいる近縁のクマと異なり、スヴァールバルでは母グマは子育てをする巣 穴を見つけるにもかかわらず、クマたちは冬眠しません。もはや海氷は以前と同じような早さで凍ることはなく、北 極グマがおいしいアザラシを捕まえられる狩りの場ができるのは、ますます遅い時期にずれこんでいます。クマたち はお腹をすかせているのです。
(以下略)
本記事は今月号の記事です。全文は、11月末までに定期購読いただくと、お楽しみいただけます。
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