未来の化石
ローナ・ホワースが時間の深い理解を探求します。
翻訳:浅野 綾子
「地下の世界:地質学的時間の旅 (Underland: A Deep Time Journey)」
ロバート・マクファーレン (Robert Macfarlane) 著
Hamish Hamilton, 2019.
ISBN: 9780241143803
「地層をよく見ると、もっと簡単に、自分たちの姿をはっきりと見ることができる。それは、自分たちへの問いかけをうながすことにもなる。『私たちは良い先祖になっているだろうか』と」
この本では、古代の地層、地下世界の神話や地下墓地についてと同じくらい、「アントロポロセン (Anthropocene) 」と呼ばれる現代という時代が、後世に残すものについても語られています。息をのむほど詩的かつ残忍なほど率直な散文体で書かれ、著者は、私たちの足の下にある幾重もの層の意味と、未来の世代が明らかにすることになる今私たちが [地表に] 積み重ねているものを露わにします。サマセットのメンディップ・ディストリクトからはじまり、イギリスの鉱山や森林を通って、パリの目に見えない街 [地下墓地]、さらにはイタリアにある星が見えない川 [地下河川] に降り、それからノルウェーとグリーンランドという遠く離れた北の地域にいたる旅の中で、ロバート・マクファーレン (Robert Macfarlane) は(多くの場面で本当に勇敢に)自らの目で確かめようと暗闇へ降りていきます。マクファーレンが言うように、よく使われる「理解する (to understand) 」という動詞には、何かを完全に理解するためにその下を通り抜けるという意味が含まれています。
神話や伝説では、「[冥界へ] 下る」物語(ダンテやバージル、ペルセポネやデメテル、エウリュディケやオルフェウス、アリアドネやテセウスやミノタウロス)が何度もくり返されます。地下空間と言えば、忌み嫌うことについての長い文化的歴史がそこにあります。すべての恐怖症の中でも最もよく見られる閉所恐怖症は地下空間で引き起こされ - この本を読んでいるとそう言わざるをえません。パリ人がつくったカタコンペ [地下墓地] にある、とりわけ狭い通路を著者が横切る場面の描写では、私は全身全霊で著者を走らせて、そこから脱出して光にむかって上へあがらせようとしていました。マクファーレンは、「人間の住む世界からたった 9 メートル下に行った時ほど、この世界から遠く離れたと感じたことはまず他にない」と言いますが、読者についてもそのようなことはほとんどないでしょう。
地質学的な時間は、地下の世界の年表(世や累代 [ともに地質学的時代区分を指す])です。けれども、「闇の勢力 (dark force) 」のような現代では、地球の秘密は蝕まれ、露わにされていきます。地下の世界には、人々が恐れ、消え失せてほしいと願うもの、そしてまた人々が愛し、助けたいと願うものが、長きにわたってしまわれてきました。というのも、地下の世界は秘密を上手く隠しておける場所なのです。でもそれもアントロポロセンまでのこと。この時代では、隠されておくべきだったことが自ずから姿を現します。例えば、大西洋では、古代のメタン堆積物や炭疽菌や天然痘 [ウイルス] が永久凍土の穴を通して漏れています。アルプスやヒマラヤの氷河では、何十年も前に氷河にのみこまれた死体が出てきています。さらに、氷河の後退で、冷戦時代のミサイル基地や貯蔵された化学物質がむき出しにされています。こうして浮かび上がってきたものを見る時、私たちが目をそらすのは、目先のことしか見えない人間の行動による「侵入者の残忍な衝動に駆られる」からです。
石についての説明では、マクファーレンはその地質学的時間における移り変わりについて完璧に要約しています。「私たちは石を不活性なもの、その不変性について絶対的なものと勝手に思い込んでいる。だが、この地層の中では、石はむしろ、流動する地層の中で一時的に動きを止めた液体のように感じられる。地質学的時間の中で、石は地層のように折り重なり、溶岩のように凝固し、プレートのようにゆっくりと移動し、海岸の小石のように位置を変える。数々の累代の時をわたって、岩は吸収し、変形し、海底から山頂へと浮揚する」塩も、時とともに流動します。周辺をゆっくりと移動し、下にたわみ、形を変えます。ヨークシャーのボールビーにある塩とカリウムの鉱山では、著者は交通手段のバンのタクシーにガタガタと揺られ、北海の何マイルも下にある鉱山の掘削面に向かいます。運転手は著者に向かってにやりと笑い、こう言います。「今シーレーンを越えましたよ。上で船をあずかる船長たちは、下でこうして車を走らせているとは夢にも思わないでしょうね。」地下の世界について知られていることは、本当にわずかなのです。
マクファーレンの海中の旅で私が一番心を揺さぶられたのは、巨大なトカゲのような機械についての描写でした。その機械は、トカゲの歯のようなものでカリウム層をかき、削り取った岩を後部で待機しているホッパーに下ろします。あとに残された至るところに伸びるトンネルを見て、著者はシロアリの塚を思い出します。使用期限をひとたび過ぎた後に、このトカゲのような機械をひき上げるのはあまりにも費用がかかるため、機械はトンネル内に残されて、流動する塩や地質学的時間の中でゆっくりと圧迫され崩されていきます。「人類は地層に一体何という痕跡を残すことになるのだろうか」マクファーレンは、未来の知的存在がこの機械を見つけて動物だと思うことを想像して、語気を強めます。彼は、慧眼をもってこう記します。「もしかしたら、とりわけこのアントロポロセンの時代は、私たちに地質学的時間という単位で将来について考え、何を後世に残すのかじっくりと考えさせているのかもしれない。今私たちがつくっている風景は、やがて地層へと沈み込み、地下の世界になるのだから」
この書評で触れるのは、この人の心を惹きつけてやまない本の中身と洞察の表面にすぎません。森林の「木の世界のインターネット (wood-wide-web) 」や菌根菌のコミュニティについて知ったことで、私の木に対する見方は後戻り不可能なほど変わりましたし、庭づくりの仕方も当然変わるでしょう。また、マクファーレンが、溶けた氷河の水がつくった縦に走る氷穴「氷河甌穴 (moulin)」のアイスブルーに降りる場面は、読んでいてもはや面白いとは言えないくらいでした。自分がまるで彼になったかのように激しく緊張したのです。とはいえ、結局この「地下の世界」の本が読者に授けてくれるのは、地質学的時間への気づきです。その気づきで、上手くいけば、「幾百千万年の過去から、来るべき幾百千万年の未来へと伸びている、神からの贈りものや過去から受け継いだものや後に残されたものが織り込まれた一枚の織物、人間はその織物の一部なのだと読者が理解するのを助け、後に続く数々の『代』や生き物に私たちが何を残すのか、読了後も読者に考え続けさせる」本なのかと思われます。
ローナ・ ホワース (Lorna Howarth) は「Panacea Books」の編集長でノースデボンのハートランドに住んでいる。
315: July/August 2019
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