エコサイド法を整備する

オリバー・ティッケルが運動家で法廷弁護士のポーリー・ヒギンズと対談。

翻訳:浅野 綾子

 環境運動家へと活動を広げた法廷弁護士のポーリー・ヒギンズ (Polly Higgins) は、使命をあたえられた女性。ヒギンズ氏を批判できないのは、大風呂敷を広げていないことです。ヒギンズ氏の目標はシンプルです。それは、エコサイド(生態系、空気、水と風土に対する大規模な破壊行為)という新たな国際犯罪法を作りだすこと。民族の大規模殺戮であるジェノサイドに対する現行の国際法と類似するものです。

 その法制化の兆しをヒギンズ氏もどこかで感じているでしょう。2018年12月にカトビツェで行われた第24回国連気候変動枠組条約締約国会議において、バヌアツとモルディブ諸島は、気候変動が小さな島嶼国家にとって存在を脅かす脅威となっていることを表明し、バヌアツの外務大臣であるラルフ・レゲンバヌ大臣は、「国際犯罪としてのエコサイドという法制度に対する支持を高める」ことで、国際ローマ規程 (Rome Statute) におけるエコサイド規定の議論を提起すると誓いました。国際ローマ規程は国際刑事裁判所 (ICC) の基盤です。

 アメリカの激しい反発がありながらも、他の国々の支持は固いように思われます。2018年9月、トランプ大統領の国家安全保障問題顧問であるタカ派のジョン・ボルトン氏は、ワシントンでの演説で、制定が見込まれるエコサイド法を公然と非難し、その目的は「アメリカの政策立案者や民主的社会のその他の人間に対する脅迫だ」と警告しました。ヒギンズ氏が指摘するように、「アメリカは加盟国ではありませんから [アメリカは国際刑事裁判所の設立を目的とした「国際刑事裁判所に関するローマ規程」に未加盟]、国際刑事裁判所において何らの地位もありません。ですから、ボルトン氏の発言には何の重みもなく、脅かしにすぎません。」 ボルトン氏の発言に何か意味があるとすれば、間違いなくエコサイド法にはボルトン氏により代表される経済秩序にとって脅威となる側面があるということです。ボルトン氏によって代表される経済秩序は、自然界の大規模破壊を前提としているのです。

 国際ローマ規程の下では、ある国によって新しい国際法の法案がいったん提出されると、国際刑事裁判所の加盟国の8分の7の支持を一度でも得られれば法律として成立します。ヒギンズ氏によれば、国連加盟国の支持は強力だと言います。とすれば、ほとんどが秘かに支持しているということなのでしょう(少なくとも今のところは)。ヒギンズ氏と同氏の住まいがあるグロスターシャー州のストラウドの町で会った時、気候変動や海面上昇に対する国の自己防御の一環としてエコサイド法を必要とする、発展途上の小さな島嶼国家の大臣たちと会うために、ヒギンズ氏はハーグに向かうところでした。ヒギンズ氏は、2019年は結果として分岐点の年になるかもしれないと言います。

 それにしても、正確にはなぜエコサイド法が必要なのでしょうか。というのも、気候変動に関するパリ協定や、海洋法に関する国際連合条約 (UNCLOS) のような国際環境法や条約が、すでに多数存在しているのです。ヒギンズ氏は、「実際のところ、こうした条約はすべて国家間における民法なのです。」と説明します。「ある国が他国と条約義務違反をめぐって争いになれば、自己の費用で裁判所に申し立て、正義を求めなければなりません。法を執行する人は誰もおらず、違約金は多くの場合少額。訴訟は純粋に国家間の争いですから、個人として責任を問われる者は誰一人いません。」

 「例えばフラッキング [天然ガス、シェールガスを効率的に採掘するため岩盤を破砕する水圧破砕] のケース。2017年、ノースダコタ州からモンタナ州北部にかけて車で長い距離を走り、水圧破砕された大地とコミュニティを見てきました。それはまるで地獄の中へと車を走らせるようでした。広大な大地が今や首振りドンキー(ポンプのようなもの [首振りのロータリー・リグ])で崩され、炎、パイプライン、数々の通路にトレーラーハウス…。空気は化学物質と燃やされる産出物で鼻をつくような匂いがしました。口の中にその味がします。昼夜を徹して燃え上がる炎。この世のものとは思えませんでした。こうして水圧破砕されたコミュニティには、今、フラッキングを行った企業に対して民事訴訟を提起する余地があるかもしれません。でも、企業のフラッキング行為自体を止めることはできません。訴訟を起こすには大変な費用がかかります。支払われるお金があるとしても、それはいつも雀の涙、ずっと後になってからです。さらには、1円も支払わないうちに企業が破産してしまうこともあるかもしれないのです。しかも、訴訟の間中ずっと、事業は通常通り行われます。

 ですから民事訴訟は環境破壊行為に対するには向きません。これが「法の不備」として知られることです。明らかに必要とされながら存在しない法律です。法の不備があるところに不正義があります。イギリス政府が経済的支援を行いロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの窮状を救いましたが、その後に行われた会合で記者会見があり、最高責任者に対して「なぜアサバスカ [カナダ] のタールサンド [通常の原油採取では採収できない重質油を含む砂あるいは砂岩] の開発に融資するのですか。」との質問がありました。最高責任者はただ笑って、「犯罪じゃありませんよ!」と答えたのです。このようなことは変えなければなりません。上官の責任を問わなければなりません。風土環境や自然をまったく意に介さず、意図的に虚偽の情報まで流すことについて、高級官吏や最高責任者や国家元首や大臣や取締役の責任を問わなければなりません。民法から一歩進めて、フラッキングを犯罪にしなければならないのです。」

 エコサイド法というアイデアをヒギンズ氏が思いついたのは、2009年にコペンハーゲンで行われた気候サミットのサイドイベントの時でした。ヒギンズ氏がスピーチを行った後、聴衆の1人が大規模な生態系破壊を食い止める何かが必要だと発言しました。「気がついてみると、たしかにジェノサイドへの対抗策はあってもエコサイドについてはないなと考えている自分がいました。それが始まりです。3ヶ月かけて法の基本原則を見直した後、国連の法についての委員会に提案書を提出しました。甘かったのは、私は委員会で何かしてくれるだろうと思っていたのです。でも、取り上げられることすらなかった。その時、ガーディアンがどこからか私の提案について聞き、記事を書いてほしいと頼んできました。そうしたところ、記事が出た最初の1週間で自分たちのウェブサイトに28,000ものアクセスがあったのです。時として、時が来れば考えが大々的に取り上げられることもあるのです。」

 ヒギンズ氏とそのチームは、今活動している環境活動家を支援しています。「フラッキングのようなエコサイド行為から地球を守る活動をして逮捕を覚悟している多くの人がおり、そうした良心的保護活動家 (conscientious protector) のネットワークを築こうと自分たちのミッション・ライフフォース (Mission Lifeforce) のサイトを立ち上げました。 良心的保護活動家は戦時の良心的兵役拒否者のような人たちです。政府が守らない社会を、大きな観点から守ろうとしているのです。多数の良心的兵役拒否者が刑務所に送られた結果として良心的兵役拒否の原則が確立されました。良心的兵役拒否は今、ヨーロッパ人権条約第9条、世界人権宣言第18条により認められています。これは、重大な犯罪を阻止しようとして法を破ったために刑事裁判を受ける際、拠りどころとなる万人に共通の権利です。」

 全体の活動はいまだにわずかな資金でまかなわれていますが、ヒギンズ氏は一度もくじけたことがありません。「もちろん、資金は多いに越したことはありません。でも、ほとんど資金がない中で成し遂げてきたことを見てください。私たちは大部分で(全部ではないにしても)、事をなすにはお金が必須だという考えから脱してきたのです。活動はすべてプロボノで行われており、こうした献身は累積して何百万ポンドもの価値があります。でも、困難はもちろんあります。活動目標は政治的ですから、イギリスの法律では私たちの活動は慈善事業として登録できないのです。これにより、トラスト [財産・金銭の委託を受け、慈善事業などを行う団体] や基金の多くが寄付できないということになります。」

 さて、2019年はすべてに変化が起こる年になるでしょうか。「進展を見守ってください。毎年国際刑事裁判所の会議があり、ある年はニューヨーク、またある年はハーグ。2019年に次の会議が開かれるのはハーグです。そこで何とかして大きな評価を得ることができれば、軌道に乗ることができます。」

オリバー・ティッケル (Oliver Tickell) は、報告書「国際法と海洋プラスチック汚染: 法を犯す者に責任を課すこと (International Law and Marine Plastic Pollution: Holding Offenders Accountable)」の執筆者。

このインタビューが行われてから、ポーリー・ヒギンズは全身にがんが転移していると診断され、悲しむべきことに2019年4月21日に亡くなった。死の直前にヒギンズ氏は、「ここで私が死ぬとしても、私のリーガルチームは屈することなく活動を続けるでしょう。でも、将来について切ないほど心を痛め、無力感を感じている人がたくさんいるのです。私は見たい。この人たちが、この1つのシンプルな法律に地球を守る力があるのだとわかり始めるのを見たい。地球を守ることはできる、まぎれもなく可能なのだと気づくのを見たい。できることなら生きて、大勢の地球の守り人がこの法律を支持するのをこの目で確かめたい。地球の守り人は支持する、私はそう信じているのです。」と語った。

314: May/Jun 2019

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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