あの悪夢を忘れてはならない

未来のエネルギー政策に原子力がやはり必要だという声が原子力推進者たちから上がる中、人間を死に至らしめる極めて危険な負の遺産、放射性廃棄物集積場をフレッド・パース が訪ねます。

翻訳:浅野綾子

こんな場所は世界のどこにもありません。この地球上で最も密集した放射性廃棄物の山が、カンブリア海岸に匿われています。そのほとんどが、安全処理ができずあるいは廃棄場所がないために何十年も廃棄されずにいたものです。

 8年前、イギリスきっての科学者たちが、英国王立協会の場において、この廃棄物貯蔵の一つ(世界最大のプルトニウム貯蔵)を「深刻な安全保障上の危険」と称しました。ほんの数メートル離れた場所に、ヨーロッパにおける最も危険な工業用地の2つと呼ばれる、別の2つの廃棄サイロがあります。こちらに貯蔵されているのは、再処理作業から集められた高熱を発する高濃度放射性廃棄物で、北イングランド中に広域放射能汚染を引き起こす危険性を帯びたものです。今お話した放射性廃棄物、これは60年ほど前にこの地で起きた世界初の大きな原子力火災事故の残骸が密封されたものとは別のものだと前置きしておかなくてはなりません。

 セラフィールド(かつてウィンズケールとして知られた)は、イギリスの忘れ去られた核の悪夢。テロリストからの攻撃、地震や電源喪失という絶え間ないリスクに晒されています。政府ですら、セラフィールドの解体完了にはどうみても1000億ポンド近く、1世紀以上かかるだろうと認めているのです。

 この12月、パリで気候変動についての会議があり、化石燃料を燃やすことで排出される温室効果ガスを抑えるための取り決めがなされようとしています。その際、原子力推進者たちから交渉出席者たちにこのような働きかけがなされることでしょう。原子力は、地球を温暖化の熱で丸揚げにすることなく、電気の明かりを灯しながら、低二酸化炭素の未来を切り開くことができるのだと。気候変動を前に、環境運動をしている人たちの中でも、今や原子力の未来における利点を再評価する必要があると信じる人たちがいるのです。

 しかし、原子力を本気で推し進めるのなら、稼働した際に残る危険極まりない負の遺産を処理できるということを確実に示さなければなりません。セラフィールドが残した爪痕は、原子力推進者たちがまだその処理作業にも辿りついていないことを証明しているのです。処理完了まで程遠い状態であるのに、まだ負の遺産を増やし続けているのです。

 ウィンズケールは、原爆製造工場としてスタートしました。原子炉ではプルトニウムを生産するために、ウラン燃料に放射線照射が行われました。そして、硝酸液の中で分解する再処理と呼ばれる方法でプルトニウムが抽出されていました。

 こうした核複合施設(イギリス政府が強調するところでは、直近の町から80キロメートル以上離れて置かれている)は、1940年代後半に建設ラッシュとなりました。財政破綻したイギリスは、戦後のアメリカによる原爆製造の機密事項(原爆製造に携わった科学者たちも手伝って暴露されましたが)を知ることが許されませんでした。建設された原子炉も急いで稼働されました。アメリカの優れた原爆製造技術に追いつこうとする必死の努力がイギリスをプルトニウム生産に手を出すという窮地に追い込み、1957年のウィンズケール火災を招いたのです。

 炎は放射性の雲を放ち、100人あるいはそれ以上の人が死亡したと推定されます。そして、放射性の雲はウィンズケールに最初の極めて危険な負の遺産を残していきました。焼け焦げて曲がった燃料15トンを含め、密封された燃えた原子炉のがれきは以来手つかずで放置されています。封をはがすことで再び発火するとも限らないからです。廃炉作業は2030年代まで延期されています。

 事故当時、イギリスは発電のために大規模な原子炉建設計画に着手した世界初の国でした。原子力発電所は、タービンを回転させるために原子炉で作られた大量の熱を使いました。使用済み燃料は、プルトニウム抽出が続けられていたセラフィールドに送られました。一部のプルトニウムは原爆製造に使用されましたが、計画の進んでいた次世代原子炉の燃料として、次第に取り置かれるようになっていきました。

 70年代、80年代と、イギリスはセラフィールドを主要な国家収入源とする大型計画を立てていました。使用済み核燃料の再処理において世界の中心地になろうという計画でした。日本やドイツなどの国々で使われていた使用済み核燃料を新しい核燃料に作りかえようとしたのです。しかし、その決断によって問題は急増していきました。

 第一に、再処理技術が不十分でした。何十年もの間、故意にあるいは誤って、セラフィールドは放射性物質を上は煙突から大気中へ、下は排出管を通してアイルランド海へと放出していました。結果として今日、大量の放射性のプルトニウムとアメリシウムが周辺地域の海岸の泥の中に溜まっています。堀り上げれば大抵、ドリッグにある放射性廃棄物貯蔵所に埋められなければならない低レベル放射性廃棄物とみなされるものです。このスキャンダルもあって、イギリスは原子力から離れていきました。

 しかし、最大の危険はセラフィールドの敷地内にあります。周囲に放出された量とは比較にならない程の放射性物質が貯めこまれているのです。現在の敷地管理者である、原子力廃止措置機関 (Nuclear Decommissioning Authority) が最重要視し続けているのは、荒廃が進む4つの建物に貯蔵されている、過去の大失策と費用の出し惜しみのためにもたらされた危険極まりない負の遺産です。この原発事故による負の遺産は、闇に包まれたセラフィールドの核心なのです。

 建物のうち2つは露天のプールで、それぞれ150メートル以上あります。プールにはセラフィールドに送られた使用済み核燃料が保管されていますが、管理上のミスが重なり腐食がおこるまで再処理がされなかったため、再処理ができなくなってしまったものです。2つのプールには、この腐食した燃料が一杯で、ほとんどが40年以上もそこに置かれています。腐食した燃料は数百トンの放射性汚泥を生み、プールの底に波をうったように沈んでいます。

 一方の2つの建物は大きなサイロで、建物の外装として知られる核燃料容器が1950年代から捨てられ続けています。この廃棄物も腐食しており、水素が発生して常時火災の危険があります。

 この2つの建物はずっと前に取り壊されるべきだったもので、今では放射性の液体が土中へと浸みだしています。それぞれの建物を空にして安全にするためには各々数十億ポンドかかるでしょう。建物廃止作業の一部は始まっているのですが、新たな問題が現れてはスケジュールが遠のくということを繰り返しています。今年早い時期に、これら建物の廃止完了予定が5年先の2030年に延期されました。

 使用済み核燃料を冷却タンクの中に入れたままにしておくことは良いことではありません。しかし、廃炉プロセス自体がより多くの問題をむしろ生み出しているのです。ここにセラフィールドが抱える3つ目の問題が横たわっています。再処理によって生まれたものをどうするかという問題です。再処理によって生まれたものとは、新しい核燃料として作りだされたプルトニウム、お よび再処理で残った高濃度の放射性廃棄液のことです。

 セラフィールドにおける民間の再処理事業は、世界は原子力の時代になるという想定に基づいていました。しかし、アメリカのスリーマイル島やウクライナのチェルノブイリでの事故の結果、世界は原子力への欲望を失いました。イギリスにおいてもそうでした。新しい核燃料を供給する、使用済み核燃料再処理の市場は需要を失いました。再処理事業のために政府により創設された 英国核燃料会社 (British Nuclear Fuels) は財政破綻しました。セラフィールドはプルトニウムを抱えて行き詰ったのです。

 その結果として、今日、セラフィールドのどこかに建物があるのです(どこにあるか聞かないように。彼らはそれを教えてはくれないでしょう)。民間業者による世界最大のプルトニウム貯蔵のある建物が。全部で120トンもの量です。このプルトニウムは、二酸化プルトニウムという粉状のもので、放射性物質を降らせる原爆製造にすぐにでも使えるものです。2011年、英国王立協会はこのプルトニウム貯蔵について、「深刻な安全保障上の危険を投げかける」ものであり、「核不拡散の議論の中で、イギリスの信用に傷をつける」ものだと発言しました。安全管理のためには、1年で1億ポンドもの費用がかかると言われています。

 高熱を発する高濃度放射性廃棄液は、プルトニウムと比べて少しもましなものではありません。それぞれ海上用貨物コンテナの2倍の大きさがある、一連のステンレスタンクに収められ、長らく非常に危険なものと認識されてきました。ずっと以前の1976年、英国王立環境汚染委員会 (Royal Commission on Environmental Pollution) は、タンクの冷却システムに何等かの支障が生じれば、タンク内の液体が数分のうちに沸騰し、カンブリアの空に物凄い量の放射性物質が放出されるだろうと警告しています。タンクの中身には、1986年におきたチェルノブイリの惨劇でヨーロッパ中に広がった放射性セシウムよりも多くのセシウムが含まれているのです。

 誰もこんなに大量の高濃度放射性廃棄液を貯蔵しようと考えていたわけではありません。再処理で出た液体は、ガラス固化処理と呼ばれる手順でガラス内に密封され、速やかな安全処理がなされることを想定しているのです。しかし、度々の費用削減や、機械の故障で計画が頓挫しています。セラフィールドは、何十年にも渡り、未処理の廃棄液の山を積み上げているのです。

 2001年、処理作業の遅延に業を煮やし、労働安全衛生庁 (Health and Safety Executive (HSE)) は、2015年にはタンク内の廃棄液の体積を1575㎥から最大200㎥に縮小するよう命令しました。しかし、2015年1月、早くも期限が近づき、同庁から業務を承継した原子力規制局 (Office for Nuclear Regulation) は、この決まりを放棄しました。ガラス固化体作業の遅れが増加したため、もはや現実的ではないと言ったのです。

 セラフィールドにおける再処理事業は10年後に終了の見込みです。いかなる目的での操業も止めてからかなりの時間が経っています。未来の使用済み核燃料は、長期的に安全な地中への埋設処理がなされるまで貯蔵されるでしょう。しかし、これはくすぶり続ける議論を再燃させることになるのです。途方もなく危険な放射性廃棄物を最終的にどこに置いておくのかという議論です。この放射性廃棄物は、半減期【放射性物質が放射線を出すことによって、その量が半分になる時間】が数万年という放射性核種を含むのです。廃棄場所は、地下少なくとも3,000ヘクタールに広がる広大な地雷埋設地帯となるでしょう。

 50年近くも、埋設場所が提案されてきました。ほとんどがセラフィールドの近くです。当然のことながら、誰もこのようなものを自分の家の庭には置きたくないわけです。カンブリア州議会は4年前に提案を拒絶しました。埋設場所が見つかり操業されるまでは、セラフィールドが片付けられ安全になることはあり得ません。

 そうこうしている内に、地中深く埋設しなければならない放射性物質の貯蔵は増えていきます。使用済み核燃料や再処理副産物と同様に、イギリスにおける第一世代の原子力発電所原子炉取り壊しから出る放射性がれきも次第に夥しい量になるでしょう。現在、12個以上の原子炉の取り壊しが棚上げされています。

 イギリスは、第一世代の原子炉の廃炉作業を100年先に延期することを決定しています。表向きには、いくつかの放射性核種は早く崩壊してなくなるため、残り(扱いの最も厄介なもの)が扱い易くなると説明されています。真の理由は廃炉費用を遠い未来へ先送りするためだと多くの人々は理解しています。

 他の多くの国々も同じような問題に直面しています。世界には廃炉待ちの民間原子炉が140以上もあり、数百がそれに続くことになるでしょう。原爆製造と再処理事業による危険な負の遺産を抱えている国々もあります。例えば、アメリカでは、テネシー州のオーク・リッジ (Oak Ridge) や、ワシントン州のハンフォードに主要な核施設があり、セラフィールドと類似した貯蔵があります。しかし、これらの用地は、セラフィールドよりも数百倍も大きく、汚染リスクの扱いや解体作業はセラフィールドよりも何倍も容易でしょう。ロシアにも同じような場所があります。

 多くの国々が放射性廃棄物を上手く処理したいと思っています。滞ることなく核の負の遺産を処理できることを示したいのです。しかし、イギリスは違います。4年前、クリス・ヒューン氏がエネルギー気候変動大臣であったとき、同氏はイギリスが放射性廃棄物に対して逆の姿勢を長い間とっていたことを認めました。英国王立協会にこう言ったのです。「核のゴミが溜まり始めた時、我々はそれがなくなってくれるよう祈った。」と。私たちは相変わらず同じことをしているのです。

 イギリスのような問題を抱える国はほとんどありません。カンブリアの海岸にそびえ立つフェンス裏。この場所よりも酷い問題(問題の否定と言ったほうがよいのかもしれません)を抱える所、それは世界中セラフィールドをおいてほかにどこにもないのです。

フレッド・パース (Fred Pearce) はフリーランス科学環境ジャーナリスト。同氏の最新刊は、「The New Wild: Why Invasive Species Will Be Nature’s Salvation(なぜ侵略的外来種が大自然による救世主となるのか)」。


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The Nightmare We Should Not Forget • Fred Pearce

As the nuclear debate continues, Fred Peace visits Sellafield and discovers its lethal legacy

293: Nov/Dec 2015

リサージェンス & エコロジスト 日本版

リサージェンス誌は、スモール・イズ・ビューティフルを提唱したE.F.シューマッハらが始めた社会変革雑誌で、サティシュ・クマールさんが主幹。英国で創刊50年、世界20カ国に読者4万人。環境運動の第一線で活躍するリーダーたちの、よりよい未来への提言で、考える糧を読者にお届け。また、詩や絵などのアートに溢れているのも特徴。

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