サンゴ礁との邂逅
いかに熱帯魚が気候変動を自分事にしたのかレオ・バラシが明かす。
翻訳:佐藤 靖子
不安はいつも私の人生の一部でした。それはたいてい見えない場所にあるのですが、常に潜んでいて、私はそれに対処することを学ばなければなりませんでした。
私が気に入っている方法は、魚のことを考えることです。厳密には黄色いハコフグです。このハコフグは立方体で太ったチーターのような黒い斑点があり、熱帯地方に生息しています。そして未熟とはいえ情熱的なスキューバダイバーとして私が時折訪れるサンゴ礁の周りをゆっくりよろめきながら日々を過ごしているように見えます。不安が私をつまずかせそうな時、私を心配させているものが何であろうと気にも留めずサンゴの周囲を静かにかぎ回るハコフグのことを考えます。たいていはその対比に私の心配は吹き飛びます。
気候変動が世界一のサンゴ礁のどれをも脅かしているというニュースに私は打ちのめされました。サンゴ礁がこれまでに経験した温度上昇は既に世界中で十分サンゴ礁を白化させていますが、世界が直ちに炭素排出量をゼロに削減しなければ、サンゴ礁はそれよりずっと高い温度上昇に直面する可能性があります。私の人生の精神的な隠れ家であるハコフグの世界は消滅してしまうかもしれません。
気候変動が私を精神的に打ちのめしたのは初めてのことです。不思議に思われるかもしれません。気候変動の分析は私の仕事の一部で、ちょうどそれについて本を書いたところです。とはいえ、その詳細から視線を移し、それがなぜ自分にとって問題なのかを思い起こすことはほとんどありません。ハコフグによって、脅威は気候変動について私が感情的になる自分事になったのです。脅威を現実のものと思わせたのは、とある無名の魚に思いをはせることでした。
気候変動を心配する私たちは、往々にして感情について忘れています。私たちは大きな抽象的な事柄に注目して、小さな個人的なことを忘れています。私たちは北極の氷の溶解や世界の平均気温の変化について警鐘を鳴らします。こうしたことは問題であり、私のように、中には危機に瀕している遠くの土地と偶然個人的な繋がりを持っている人もいます。けれども多くの場合、抽象的な概念や遠くの土地に関する警鐘が感情に与える影響はわずかです。
これは問題です。豊かな国の一握りの人々が極端な温暖化の脅威に対し本能的に反応しても、それを阻止するのに必要な対策のための幅広い支持にはなりそうにありません。
風力や太陽エネルギーが石炭に取って代わり、冷蔵庫や電球の効率が良くなることに本気で反対する人はわずかです。こうした変化はお金を節約するか、空気をきれいにするか、あるいはその両方です。とはいえ、排出量削減の対策がもっと立ち入ったものにならざるを得ない時がくるでしょう。多くの人が旅行する方法や私たちが食べる物は変わらざるを得ないでしょう。大半の人々が気候変動を遠くの他人事と考えている限り、すぐさま目に見える利益をもたらすことのない日々の生活の転換に対する情熱を見るのは容易ではありません。
気候変動を私に現実のものと思わせたのは、黄色いハコフグの故郷にとっての脅威でしたが、多くの人々は氷床溶解のニュースに接しているので熱帯魚について感情的になることはなさそうです。課題は、地球の気候変動について私たちみんながなぜ配慮するべきなのかを物語る個人的な事柄を見つけることです。
レオ・バラシ (Leo Barasi) は 、New Internationalistから出版された新刊「The Climate Majority: Apathy and Action in an Age of Nationalism(仮訳:気候変動と大衆:ナショナリズムの時代における無気力と行動)」の著者。
How tropical fish made climate change personal
306: Jan/Feb 2018
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